#399 普段のコミュニケーションも「論語と算盤」が大事

仕 事

こんにちは、すみです!

ワタクシは週一で出社しています。

出社すると良い意味でも悪い意味でも人に話しかけたり話しかけられたりするものです。

在宅ではそれがないので、出社時の方が在宅時の1.5倍時間がかかるイメージです。

この、「増分のコミュニケーション」は、

果たして必要なのでしょうか?

ワタクシは「内容による」と思います。

人の気持ちへの「共感」や「労り」など、

“精神としてのコミュニケーション”

であれば必要だと思います。

一方、

仕事の「依頼」や「共有」などの、

“伝達としてのコミュニケーション”

であれば必ずしも必要ではないと思います。

人は社会的な生き物です。

論理(数字、字面、事実、理論など)では感情(行動)が動かず、

感情(道徳、思いやり、共感、労りなど)も合わせてはじめて、

「正しい方向」に「動く」と思うからです。

なぜそう思うのか?

それは、

ワタクシ自身が論理だけでは動かない人間だからです(笑)(別名、めんどくさい人w)

出社したときの「増分のコミュニケーション」は必要なのか?に話を戻します。

コミュニケーションを、精神的なものか、伝達的なものか、この分類をした上で、必要かどうか判断できるなぁと思うわけです。

このはなしを考えているときに、

渋沢栄一の「論語と算盤」に似ていると思いました。

ここで疑問に思うのが、精神としてのコミュニケーションは在宅で可能なのか?という問題です。

これは、可能だと思います。

リアルなコミュニケーションの代替手段としての「音声」があるからです。

テレビタレントのファンはすぐ離れるがラジオパーソナリティはそれが少ない、という話を聞いたことがあります。

その理由は、耳から聞く「音声」が親近感を持つからだと言われています。

だからチャットだけにせず、音声での対話もまぜながらコミュニケーションの量と質を保てば良いのです。

さて、明日も在宅にします(笑)

今回の内容がお役に立てれば幸いです。

では、またあした!

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