
#1907 短編小説『影の中の灯』
こんにちは、すみです!
これは私の実体験をもとにAIとともに創った短編小説です。
気軽に読んでください(笑)
ではどうぞ!
会議室の空気は、温度より先に意味が下がっていく。
役員席の端で、誰かが言った。「この部署、統合でいいのでは?」
視線が横一列に滑り、佐藤の前で止まる。課長、四十三歳。返すべき言葉を探す指先が、手元のメモに触れて止まった。
「説明してください。あなたの部署が“なくてはならない”理由を」
プロジェクターの光が、グラフの上を薄く撫でる。外から見えにくい効果、定量化しづらい接続、横断の調整コストの削減——資料には書いた。だが言葉は宙でほどけ、着地先を見失った。
「次回、統合案を前提に再度検討します」
議事録を読むような声で会議は畳まれた。拍手は、もちろんない。
廊下に出ると、蛍光灯の白さが妙に遠く見えた。
フロアに戻ると、若手の田島が立ち上がった。「どうでした?」
「宿題、増えた」
乾いた返答に、彼は苦笑いを貼りつけたまま席に戻る。周囲のキーボード音が、少しだけ遅れて鳴き始める。
夕方、窓の外で雲が溶け、街の輪郭が鈍く立ち上がる。
「課長、正直に聞いてもいいですか」田島が小声で言った。「うちの部署って、必要なんですか」
喉の奥に棘が刺さる。
「……必要だよ」
「何が、です?」
即答できなかった。彼は気まずそうに会釈をして、プリンターへと歩いていく。置いていかれたのは、言葉の空白と、椅子の軋む音だった。
夜、フロアに残った灯りは数えるほど。
佐藤は紙のノートを引き出しから出した。角が丸くなった黒い表紙。課長になって最初の春、緊張を抑えるように毎晩書いたメモが、ページの間に重力を作っている。
〈つなぐ・見える化・迷子を減らす〉
〈全体最適。目立たないが、歯車が噛む音を静かに整える〉
読み返すほど、若い字が不恰好に光る。
(目立たない、か)
確かにこの部署は光らない。成果はいつも別の部署名で報告される。誰かが困っているとき、要件定義の隙間を埋め、調整の行間を読み、責任の谷間に橋を架ける。橋に名前はない。渡り終えた人は、橋を見ない。
スマホが震えた。他部署の主任からメッセージが届く。
〈急で悪い、明日の朝イチのデモ、監査項目のログ設定が仕様に合ってない。誰も空いてない。助けてほしい〉
誰もやりたがらない、地味で、責任だけが重い仕事。
「やります」
打ち込んで送信する。送信済みの表示を眺めながら、佐藤は小さく息を吐いた。
翌朝六時、会議室B。
冷えた空気のなかで、ノートPCのファンだけが働いている。担当の若手二人が眠そうに瞬きをし、佐藤は監査票を一枚ずつ照合する。ログの時刻ずれ、例外時の追跡性、アーカイブ期間の指定——目立たない要件ほど、後で牙を剥く。
「ここ、例外のステータスコードが仕様書と違うね」
「え、あ……ほんとだ」
「通知の閾値も見直そう。現場の運用に合わせたほうがいい」
修正が終わるころ、窓から白い朝が差してきた。
主任が駆け込んできて、肩で息をしながら頭を下げる。「助かった。本当に助かった」
「いえ。デモ、うまくいくといいですね」
礼は短い。けれど、その短さのなかに混ざる温度は嘘をつかない。若手の一人が小声で言った。「こういうの、うちらの仕事っぽいですね」
佐藤は頷いた。そう、こういうのだ。
昼過ぎ、部の定例。
ホワイトボードに案件一覧。減っていく数字を前に、空気が薄くなる。
「昨日の会議、統合の話が出ました」佐藤は正直に切り出した。「時間は長くない」
ざわめき。目線が泳ぐ。
「じゃあ、終わりなんですか」田島が言う。「終わる前に、異動願い出したほうが——」
「終わらせないために、何をするかを話そう」
声が想像より落ち着いていた。自分の声に支えられる、という奇妙な感覚。
ホワイトボードに三つの円を描く。〈標準化〉〈可視化〉〈緊急対応〉
「派手な新規より、横串で効く仕組みを作る。今朝の監査ログの件もそうだ。成果は表に出なくていい。出先で困らせないのが目的だから」
「でも、それ、数字にならないですよね」
「数字にならない。だから、記録に残す。誰のどの負担を、何分減らしたか。何回分の手戻りを防いだか。橋に名前はつかないけれど、渡った回数は数えられる」
沈黙が、少しだけ形を変える。
「やってみましょう」最年少のメンバーが言った。「数字にならない数字、集めてみたいです」
笑いが、ひとつ、ふたつ。空気に濃度が戻る。
その週、部は小さな仕事を拾い続けた。
深夜の切替リハに立ち会い、運用マニュアルの行間を埋め、進行表の矢印を一本短くした。誰も注目しない領域で、つまずきを一つずつ減らしていく。
「ありがとう、助かった」
「次もお願いできる?」
短い言葉が、少しずつ机の上に積もる。積み木には色も形もないが、重量だけが確かに増えた。
佐藤はエクセルに欄を作った。〈手戻り回避回数〉〈想定工数差〉〈関与部署〉〈一言コメント〉
ただの記録。だが、記録は沈黙を破る道具だ。
最終判断の会議が来た。
冒頭から結論に誘導するような議事進行。統合案のメリット、コスト削減の見込み、重複の解消。
「反対意見は?」
「一言だけ、いいでしょうか」
佐藤は立ち上がった。手元の紙は薄い。厚みは胸の内側にある。
「うちの部署は、光りません。成果は別の場所の看板になります。
ですが、ここ二週間で、十八件の“つまずき”を未然に潰しました。監査ログの不備、例外時の追跡性、運用手順の齟齬。手戻り換算で四百三十分。六人分の半日です」
役員席がわずかに揺れる。
「この数字は、誇るためではありません。渡った橋の回数を、ただ数えたものです。橋には名前がつきません。けれど、渡る人は確かにいます。
統合の判断が正しいことも、理解しています。もしそうなっても——」
一度、言葉が途切れた。
「私たちは、つなぐ役割を続けます。組織名が変わっても、光らなくても。誰かが見ない橋を、静かに架け続けます」
静寂。遠くで空調が唸る。
議長が咳払いをし、視線を落とした。「統合案は、原案どおりとします。移行計画は——」
ペンの音が再開する。会議は、業務として正しく進んでいく。
夜、屋上。秋の風が書類の角を撫でる。
街は粒のような灯りで埋まり、どれも小さく、どれも等しく必要そうに見えた。
(統合か)
悔しさはある。だが不思議と、敗北の味は薄い。自分の中で答えが固まっているからだ。
ポケットから古いノートを取り出す。最後のページに小さく書き足す。
〈橋に名前はない。それでも渡る人がいる限り、橋は要る〉
ドアが開き、田島が顔を出した。「課長、屋上にいると思って」
「風、強いぞ」
「ですね。……あの、統合でも、僕、残ります。残って、やります。あの表、もっとちゃんと作りたい。渡った回数のやつ」
「そうか」
言葉が足りないと思いながら、それ以外の言葉も見つからない。
田島は並んで夜景を見た。「灯り、全部は見えないですけど」
「全部は見えないな」
「でも、あるんですね」
「あるよ」
ふたりはしばらく、何も言わずに立っていた。
遠くの交差点で信号が変わり、人が動く。誰も橋の名前を気にしない。
それでいい。
佐藤は息を吸い、静かに吐いた。胸の重さは、形を変えて落ち着いていく。
目立たない役割は、消えない。消えない限り、続ければいい。
たとえ影の中でも、灯はある。自分の中に、確かに。
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すみ
2020.1.4から自己変革を開始した普通のサラリーマン|システムエンジニア| 2022.11.4から10年後の2032.11.4までに経営者を目指すことを決意|その模様を毎朝4時にこのブログにて投稿しています|毎日の習慣→瞑想, 運動, 読書, 発信|SF 達成欲, 未来志向, 包含, 最上志向, 信念
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